6/2 若い人のための日曜日の聖書  主の昇天の主日 ルカ24:46-53

ピンクと緑の大理石の縞模様のシエナのカテドラル

あなたにとって、第二の故郷、Another Skyはどこですか?

私は東京生まれの東京育ち。修道生活を考えるまでは、大学を出たら東京で職を見つけ、東京で結婚して、東京(そして絶対23区内!)に住み続ける…当たり前のようにそう考えていました。福島や北九州や、まして中米に住むことがあるなんて、夢にも思いませんでした。イエス様に惚れた弱みかもしれませんが、いくつかの土地に住んでみて分かったのは、どこも一長一短ありながら「住めば都」だということ。

しかし、私の第二の故郷といったら、イタリア中部の古都シエナです。なぜならここで、イエス様と出会い、洗礼、そして修道生活へと導かれる恵みをいただいたから。

昔読んだ小説(残念なことに著者もタイトルも忘れてしまったのですが)に、「蓼科には水色の風が吹いていた」という一節があったのを記憶しているのですが、シエナはまさに真夏でも涼しい水色の風の吹く街。いただいた大きな恵みは、その水色の風と共に私の内に吹き込んできました。もう何十年も行っていないし、これからも訪れる機会はまったくなさそうですが、私の記憶の中のシエナはいつも輝いています。

復活後弟子たちにしばしば現れ、復活という出来事を弟子たちに体験させていたイエス様は、この世から天の父のもとに上るにあたって、弟子たちをエルサレム近郊のベタニアにいざないます。マルタとマリア、そしてラザロというイエス様と親密な関係を結んでいた兄弟の家のある村。逮捕される直前のイエス様が、エルサレム神殿に通うために泊まっていらした村。そこはガリラヤ湖畔と同じく、弟子たちにとって懐かしいイエス様との思い出の場所であったにちがいありません。

いよいよ自分が弟子たちの現実世界から去るにあたってこの場所をお選びになったところに、私はイエス様の繊細なやさしさを感じます。弟子たちにとって、都、すなわちエルサレムはこの時、決して居心地のよい場所ではなかったことでしょう。悪くすれば、自分たちもイエス様と同じように逮捕されて殺されるかもしれない。だから彼らは「家の戸に鍵をかけていた」(ヨハネ20:19)のです。

しかしイエス様は鍵などものともせずに弟子たちの真ん中に立ち、彼らに語りかけ、彼らを外の世界へと引き出します。そしてさらに「証人」として外に向かって行けるよう、聖霊を約束してくださいます。それは、現実世界からは去りながらも、まったく別の仕方で、永遠にイエス様と共に歩めるようにです。

イエス様、物事がうまくいかなくて落ち込んだ時、私に「私のベタニア」であるシエナを思い起こさせてください。あの水色の風の中でのあなたとの出会いが、私の次の一歩の原動力となりますように。

(Sr.斉藤雅代)

≪聖書箇所≫ ルカ 24:46-53

(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「聖書には)次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」
イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。