平田オリザの『わかりあえないことから ―コミュニケ―ション能力とは何か―』を読みました

新書を読んで泣くって、初めての体験でした。こんな話が出てきます。

末期がんでホスピスに入院している50代の男性に付き添っている妻が、看護師に質問します。

「この薬、効かないようですけど」。

真面目な看護師さんは、その薬の成分や他の薬との飲み合わせでなかなか効果が表れないことを説明します。奥さんは納得するのだけど、翌日また同じ質問を繰り返します。

ある日、回診にやってきた医師に同じことを訴えると、医師はこう言いました。

「奥さん、辛いねぇ」。

奥さんはわっと泣き崩れたけれど、翌日から同じ質問はしなくなりました。つまり、薬の訴えの背後には、「なぜ、私の夫が死んでいかなくてはならないの」という科学では答えの出ない問があったわけです。この医師は、おそらく直観的に彼女の心の深みに寄り添ったのです。

コミュニケ―ションというと、欧米の何でも言語化する方が進んでいて、日本の「あうんの呼吸」のようなものは遅れている、と思いがちです。そして教育現場では、欧米型に近づける教育がされています(しかし効果は上がっていない!)。

私も、海外に出す前の高校生には、徹底して何でも言語化するようにと教えてきました。そうでなければ、何も感じず、何も考えない人、と評価されてしまうからです。

平田はこのような思い込みにまったく別の視点を与えてくれました。コミュニケ―ションの取り方、あり方に優劣はない。しかし、欧米型の人に言語でしっかり説明する必要は大いにある。そして、「粘り強く相手に説明することをいとわない」人が、他の文化の人と共に何かをしていける、と書いています。

コミュニケ―ションに興味がある人にお勧めです。(Sr.斉藤雅代)

平田オリザ著 『わかりあえないことから ―コミュニケ―ション能力とは何か―』講談社現代新書 (2012/2/22)