ドリアン助川の『あん』を読んで

  1. T今年の春、映画『あん』を見て、その著者ドリアン助川氏の講演を聞いて、最後に小説『あん』を読んだ頃には桜は散っていた。

本書は「さくら」に始まり、「さくら」に終わる。そんな感じの本だった。

物語は、ドラ焼きやの店長でいわくありげな中年男性千太郎と、元ハンセン病患者の徳江さんの間に繰り広げられる。しがない店長が作るドラ焼きのあんはたいしておいしくない。あんつくりのベテラン徳江さんが作るあんはとてもおいしい。人気が出てよく売れるようになるけれど、そのうちに徳江さんが「元ハンセン病患者」といううわさが立ち、売れなくなる…

この物語を見て、聞いて、読んで、思ったこと…

この病には伝染という大きなおそれがあった。そのために、ハンセン病(らい病)患者は一般社会から隔離されていた。「らい病予防法」が廃止されたのは、1996年。今は「ハンセン病患者」はいないとのこと。昭和20年代、教会の青年会がハンセン病患者施設で野球試合の親善試合を行ったことがあった。「ボ-ルをもって、キャッチしようとしたけど、やっぱり、さわっていいのか…と一瞬迷ったんです…」と辛そうに話した青年を思い出す。病がよくなっていて、野球ができるようになった患者にたいしても,おそれから怯む気持ちが残る。

もうひとつは、「人間は皆、人様の役に立つために生きている。世の中に何の役にも立たない人間は生きている価値がない」という大義名分の考えだ。世の人々の税金で食べさせてもらっている(と、作中で徳江さんはいう)。

作者ドリアン助川氏は言う。「人生にもうひとつの生き方があるのではないか」と。

それがどういう生き方なのか、皆さん、この本を読んで考えてみてください。

あれこれと書く必要はありませんね。お一人、おひとりがご自分で応えてごらんになればいいのですから…

古い時代で恐縮ですが、1940年代、『小島の春』(小川正子著)という小説が映画になりました。違っているかもしれないけれど、私の記憶に残っている短歌をご紹介します。

 

雨一日 訪ふ人もなく夕暮れて 塒すずめはさびしかりけり

(明石海人の詠。歌集『白描』では最後の句が「鳴きひそまりぬ」)

(Sr.辻上好子)

ドリアン助川著 『あん』(ポプラ社 2013/2/6)