6/23 若い人のための日曜日の聖書  キリストの聖体の主日 ルカ 9:11b-17

 

豚ロースと格闘するSr.ミリアム

「おもてなし」ってなんだろう。

今月の上旬から下旬にかけて10年ぶりで訪れた中米で、こんなことを考える機会に恵まれました。

エルサルバドルからホンデュラスに移動していた途中のことです。私たちを車で送ってくれたグアテマラ人のSr.カルメラが言います。

「ねえ、ダネリアのところでお昼ごはんを食べさせてもらおうよ」。

私の胸はドキンとしました。

ダネリアは、ホンデュラス人のSr.ミリアムの妹さんで、エルサルバドルとホンデュラス、グアテマラとホンデュラスのいずれの国境からも近い小さな街に住んでいます。ご主人とお子さんが2人。ここに、突然5人で押しかけて昼食(中米では昼食がメインの食事)を食べさせてもらうというのです。

Sr.カルメラは早速ダネリアに電話をしています。

私は、10年前に中米に滞在していた時、かなり長くSr.ミリアムと同じ修道院に住んでいたので、妹さんのダネリアとも顔なじみでした。ダネリアが子どもを連れて私たちの修道院に遊びに来たこともありましたし、Sr.ミリアムとこのルートを通る時には必ずダネリアの家でごはんかお茶をいただきました。

実を言うと、私はSr.カルメラが言い出す直前に「ダネリアの家が近いなあ。あの居心地のいい家に寄りたいなあ」と漠然と考えていたのです。

こうして30分後、私たちはダネリアの家の2階のテラスで、おいしいお食事をいただいていました。そして、たった一人で朝4時から運転し続け、さらに同じくらい運転しなければならないSr.カルメラのことを考え、ダネリアに勧められるままにベッドを貸していただいて、しばらく休息を取りました。

その数日後、今度はホンデュラスの首都テグシガルパ近郊の修道院から、私たちは予定より数時間早く次の目的地に向かって出発しました。この日、大規模なデモが計画されているというので、交通規制が敷かれる前に首都を抜けてしまおうという計画です。マイクロバス1台、車2台で、総勢20名ほどでした。

途中でミサに与り、昼食は・・・今度はSr.ミリアムとSr.ソフィアの二人だけで住む小さな修道院ででした。Sr.ミリアムがこの予定変更を聞かされたのは前日遅く。それなのに、私たちが到着した時、彼女はにこにこと豚ロースのお料理と格闘していました。

さすがに全員分のベッドはありませんでしたが、3名ほどが休息を取りました。

私は考えました。

私には、「今から5人で行くからごはん食べさせて」とお願いできる親戚も、友人もいない。

日本の私たちの修道会のどこの家にも「明日、20人分の昼食をお願い」と頼めない。

あれ? 私たちは「おもてなし」を大切にする民族だし、旅人に宿を貸すこと、そして「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とイエス様から命じられているキリスト者なのに、ヘンだなあ。

中米の姉妹たちの寛大さにただただ脱帽でした。

 

さて、今回の福音箇所で、イエス様は弟子たちに群衆に食べ物を与えるよう命じるだけでなく、彼らが戸惑うと、率先してこの仕事を始めます。

イエス様にとって、パンを増やすという奇跡を行うことは難しいことではなかったでしょう。それなのにまず弟子たちに命じ、そして増やしたパンを自ら配るのでなく弟子たちに配らせます。人々はあたかも羊の群れが餌を待つように、50人ずつグループになって弟子たちの手から養われます。

人々は、イエス様が直接パンを増やすところを見ていたでしょうか。聖書には、「パンが増えた」とは書いてないので、私は、きっとだれも増えるところは見ていないのではないかと想像します。

そして、人々が感謝の言葉をかけたのは、イエス様でなく、配った弟子たちだったのではないでしょうか。弟子たちはきっと、人々を養うことがどれだけ大切なことかを学んだことでしょう。

そしてこの学びは、いずれ彼らが人々を霊的に養うことに繋がっていく、と私は思うのです。

このパンの増加の奇跡は、単に「命のパンであるイエス様の偉大な奇跡」として描かれているだけでなく、イエス様がどのように弟子たちを教育していったかの物語として読むこともできます。 (Sr.斉藤雅代)

 

≪聖書箇所≫ ルカ 9:11b-17
(そのとき、イエスは群衆に)神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。「群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。」しかし、イエスは言われた。「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」彼らは言った。「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません、このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。」というのは、男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。

ダネリアの作ってくれた昼食