3/31 若い人のための日曜日の聖書 主の復活徹夜祭 マルコ16:1-7

私のガリラヤはどこだろう?

復活のイエス様にお会いできるところは。

今年の聖週間は私にとって本当に辛い時でした。

それでも、この日が訪れ、2019年のヒヤシンスの5代目が咲き、桜も早咲きのものは咲きほこっています。そして、この日常の中にしか「ガリラヤ」はないと気づきました。

神様に感謝!

皆様、ご復活おめでとうございます。

≪聖書箇所≫ マルコ 16:1-7

安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」